◎今中の信心。
◎徳切れ
◎合楽理念の徹底。
◎合楽理念を広める運動。その運動員の自覚。

昭和五十二年八月十日 月次祭における御教話



 ただ今、お祭りをすまして下がらしてて頂きましたら、共励殿の私がこんなして座る座布団の上に、私の一番恐いと(蛙)が座っていました。(笑)もうびっくりしてから、みんなが総立ちになってから、久富先生がつかまえそこないなさったものだから、大声で、こんな小さい<  >つねったような小さいとですけどもね。私はどういうものか虫がすかんというのか、(笑)とにかくアッと声が出るくらいです。あれが突然おりますとね。ほんとに恐くないものを恐いと思い、恐いものを恐いと知らずにおるということが、一番恐いと私は思います。

  今日、ある方が○○さんのお宅では本当にご兄弟全部が立派なご普請が出来て、子供さん、お孫さんに至るまでが一人一人自家用車を持って、本当に大したことでおかげを頂いているという話を聞いて、まあ本当に結構なことで、私の知り合いのおうちですから、いいなと喜んでおりましたらすぐその後に、その遠縁にあたる方がお参りをしてきて、今朝からお夢を頂いた。それはどういうお夢かというと、『頭が牛でしっぽがヘビ』だという、それが反対であったかも知れませんけれども、そういうお知らせを頂いた。牛ということは家のめぐりということで、ヘビといえば身のめぐりということ。いうならば難儀の大本がある。人間調子のよい時、神も仏もあるものかというような時代でございますけれど、実を言うとそういうように調子にのってのりきっている時が、実は一番恐いのです。もう本当に難儀、一生懸命神様におすがりをしておる。こういう時が一番大丈夫な時なんです。

  だから、だんだん信心を頂いて、徳を受けて、もちろん真・善・美にそれこそ輝かんばかりのおかげをお互い頂きたい。けれども、それをまた、元のもくあみになってしまうようなことではつまりません。何というても「この世で一番恐いのは徳切れじゃ」と、おっしゃっておられます。ね。世の中で一番恐いというのは地震、カミナリ、火事、親父と。最近では、それにもう一つ交通事故が恐いといわれる世の中です。ね。けれども、それよりもっと恐いのは徳切れだということです。

  岡本駒之助さんという元有名な歌舞伎役者がおられました。宇都宮の吊り天井のお芝居の時にしかけが落ちて、客席にまっ逆さまに落ちられた。それから大怪我をして御神縁を頂いたという方なんです。大変な熱心な信心で、もう本当におかげを頂かれて、とうとう住まいをご本部に移されて、そして二代金光様・四神様のおそば近いご用などをなさって、もうそれこそ四神様のご寵(ちょう)愛を一身に受けられたというほどしに、お徳を受けられた方です。

  ところが、四神様がまもなくお隠れになり、そして三代金光様の時代になられた。そこで信心が結局ぐずついたわけです。小倉の桂先生があるご本部参拝の時に、その岡本駒之助さんのところの前を通りあわせますと、「岡本駒之助徳切れ」というお知らせを頂かれた。ですから早速そこに寄られて、いろいろお話をされて、信心がまた元にかえられるように、元の熱心な信心を頂かれるようにお話になった。すると、紫檀の茶ダンスの前に、紫檀の火鉢の前で玉露をすすりながら、それこそ結構な生活をしておられた。

 「あなたほどに四神様の思いがかかっておった人はないと思うが、私はあなたがどうでも一つお道の教師にお取り立て頂かないかんがと思うが」と言うてすすめられたけれども、まあなかなかお道の教師になろうという気にはなれなかった。そのことを三代金光様に、「世の中には後ろから津波が今にも一のみにしておるといった状態の氏子がおりますが、本当にしようのないことでございます。すすめても言うても分かりません、気づきません」というてお話を申し上げたら、三代金光様が「あ-あれか、あれはもうだめじゃ。」と、ここまでいくまでにずいぶんとお気付を頂かれた。神様から「あ-あれか」と、「もうあれはダメじゃ」と言われるようになったらおしまいです。いうなれば、徳が切れるということなんです。岡本駒之助。

  それから不運なことが次々と起こって、取引の銀行が倒れる、身辺に難儀なことが様々に起こってきたようなことから、あわてて、当時の朝鮮ですね、釜山に布教をされることに手続きを取られたけれども、それも違い違いになって、とうとう布教に出ることも出来なくなって「 」をされたというお話が残っています。

 だから、本当に素晴らしい、調子のよいときほど実を言うたら、お徳によっての場合はね、信心が出来ておれば別でしょうけれども、信心がおろそかになったり信心がなかったり、そして、いわば調子にのりすぎるような状態の時が一番危ない、恐いときであります。

  今日は、研修の時に、いろいろ研修をした後にお話をしたことですけども、先日、竹内先生が東京から小さい禅のパンフレットを持ってきて下さった。それには羅漢さんの写真がいっぱいついておる。あの五百羅漢というあれですね。信心をだんだんきわめていって、一つの悟りのようなものが開けてくる。そして、世の中はこんなもんだ人間とはこんなもんだといったような、いうなら信心はだんだんと分かってきた。そして一つの、本当の悟りではない悟りが開けてくる。それでもやはり信心が巧者になった。

  あの羅漢さんは皆さんもご承知でございましょうけれども、五百なら五百人の羅漢さんの表情が、一人一人人相が違う。あの中に自分の知ったような人の顔が、あれは内の親父の顔に似ているとか、隣の誰誰さんによう似とるといったような顔がございますでしょ。耶馬渓にありますね、五百羅漢が。もうそれは様々な表情をした羅漢さんたちがズラリと並んでおる。笑っておるとがおれば、泣きよるとがおる。腹を立てておるとがいれば、もうその人より<腰が座っている>人もおる。もう様々な表情で、羅漢さんたちが座っておる。その羅漢さんのことを阿羅漢というんですね。それを羅漢というんだそうです。<あらしかにぞう>のことを阿羅漢と略して言う。その阿羅漢と同じだと本に書いています。いうなら、悟り半ばということなのです。

  仏教なら仏教に志して、本当に信心によって、いうならば身しのぎが出来るようにだんだんなってくる。そして、信心とはこんなもんだ、仏様とはこんなもんだということが大体分かる。その程度で終わった人たちを、あの羅漢像にしておるという話でございます。ですから、私は修行生の方たちに申しました。だから羅漢さん程度止まりではいけないよということなんです。何の宗教でも同じでしょうけれども、いうならば、先日から学院生の成績を一人一人の担任の先生が私に、身辺の手紙で来ております。

  その学科がいろいろあるが、もうこれは一重丸は悪いと、二重丸なら落第点というごたるに。ところが内の修行生はもう二重丸なのにもうびっくりしました。しかも、その中でも皆が二重丸というのは、今度、先覚諸師の信心というのが学科に加わったそうです。いうならば、この辺で言えば石橋先生とか安竹先生とか、桂先生あたりのような、ああいう大徳を受けられた先生方がされた信心を学問にしたようなものです。どこどこ地区にはどういう偉い先生がおられて、どういう修行をなさって、どういうところから生み出されてどういうふうに人が助かったといったようなことをおそらく教えるのでございましょう。けれども、今、合楽で言われておる合楽理念を持ってすると、それはみんな羅漢さんばかりなのです。ね。
 
 ですから、もう言うならば、知ってや知らずや、もう内では親先生の言われることさえ覚えれば良かっと言ったような観念がです、あるのじゃないでしょうか。だから、そげんとはよその先生の話は聞かんでよかと、やっぱ言うのじゃないでしょうか。皆二重丸なんです。私は二重丸だから良かばいなと思って内容を読んだら、それは落第点だった(笑)。昔は一重丸より二重丸が良かったでしたものね。今では逆さまになってから・・・ね(笑い)。

  けれどもね、お道の信心がね、言うならば教祖様ご出現、そして百十八年間という間に、そういう羅漢さんというように本当に修行なさって、そこまでは高められて、自分も助かり人も助かるというほどしのところまでおかげを頂いたけれども、それが二代に続かない三代に続かない、本当の助かりということにならない。それには、助かりの理念というものがあやふやだからだということ。火の行、水の行、それこそ人にまねが出来ないような修行をさせて頂いて、人が助かったというような信心は、もうこれで金光教の信心も卒業して、いうならば、合楽理念に元ずくところの生活、信心をさせてもらわなければならないということになっておる。

  先日から、丸少の全国大会に参りました。まあそれこそ、際だって素晴らしい合楽の少年少女会の様子を、光昭があちらから御用にいっておって帰ってきましたから、聞かせて頂きましたが、本当に素晴らしい。そして、私までびっくりしましたのは、幟(のぼり)を立てて「二度とない少年少女時代を大切にしよう」とかなんとかの、先日、丸少のここで頂いたスロ-ガンなんです。プラカ-ドに「合楽」と。そして裏には、「合楽理念の確立」と書いてあった。これを聞いて実はびっくりしたんです。もしそれを知っていたなら、私はそれを差し止めたでしょう。そうでなくても、やはり妙な目で見られる。けれども、それを堂々と、言うならば、押し立てての行進であったということですけれども。

  今日の研修の時に、<  >先生が申しておりました。見物の皆が、合楽が出るとダ-とそこに集まってくるほどしに、やっぱり素晴らしかったわけでしょう。そして、前に立てておるところの「合楽理念の確立」と書いているのが、何がなんだか分からないからね、だいたい「合楽理念の確立とはどういうことですか」というて話よった。そしたら、隣の人が説明して言うておった。「あれは合楽教会という意味じゃないんです。合楽教会で言われる合楽理念の確立とは、言うなら、お道の信心の真髄。神も助かり氏子も立ちゆくというのよりもっと向こうにある、言わば、神と氏子とが喜び合う世界。それを合楽理念と言い、その信心の確立だ」と、説明しておったのを横で聞いてね。たいへんうれしかったと言う話をしておった。

  だから、良い悪いは別として、悪いながらもそういう宣伝が行き渡っていっておるということを、私は有り難いなと思わせてもらった。  私は、今朝からも皆さんに聞いて頂いたことですけれども、だからいかに素晴らしいのどうのと言うてもですね、羅漢さん止まりではいけんのです。ね。それが、結局は生神を目指すという、私たちが一生かかっても生神にはなれないでしょうけれども、やはり目指すところは生神であり。しかも、その信心をあの世までも持っていって、いわゆる生神の精進、修行をさせていただくのですから、もうこれで悟り済ましたということは絶対ないです。しかも、それを合楽理念は、言うなら、みやすう楽しゆうね、取り組まれるように説いてあるのが合楽理念なんです。

  しかも、これは絶対の道が間違いなく開けるのです。おかげの世界も、言うならお徳の世界も。だから、どうでも合楽理念を体得さしてもろうて、合楽理念に元ずくところの生活が、合楽のご信者一人一人に出来なくてはならないということであります。

  そこでです。ならば、合楽理念によらなければ本当の幸せはありえないという、言うならば確信を一つ作らなければいけません。末永先生が、海外布教はもう合楽理念を持つより他ないと言っております。今までたくさん海外に布教はいくらでも出たけれども、それは、どこまでも日本人を対象にしたものであった。けれども、合楽理念を持ってするならば、親先生の祈りというものが、南米の地、こういう所にまでも布教しているんだ行き渡っているんだ。合楽理念を持ってすれば、言葉が分からなくても、人種が違っておっても助かるんだ。

  昨日、久留米の佐田さんの所に手紙がきておりました。その手紙の中にそういうことが書いてありました。いわゆる気違いです。息子さんが気違いで、とても荒れ狂う。しかも、出刃包丁をふり上げての荒れ方。しかも、家に火をつけるという。「もう先生、親も子も側にいられない」と言うので、その親戚の所を回って、泊まって歩かにゃならん。というところまでなっている時に、教会の話を聞かれて親子で参ってこられた。

 それで、末永先生がそのことを一心に神様にお願いなさっておったら、『チョロチョロ、ネズミが出てくる』お知らせを頂かれた。ああ、ネズミは大黒様のお使いと言われるのだから、言うなら、大黒様のお使いが、このビリグイの地まで行き渡って下さるのだから、もう安心だと思うたから、「親戚のうちに泊まって歩くのを止めて、今からすぐ家に帰りなさい。大丈夫ですよ、おかげを頂きますよ」と言って帰らした。

  あくる朝参ってきてから、それこそ、大変な喜びであった。もう二人見るようにコロッと変わっておった。そして、今朝方からお夢を頂いた。それが日本人なら、ご神夢を頂いたということでしょう。『家の周囲を黒衣を着た人たち、黒い着物を着た人たちが、十何人でその家を取り回している』ところを頂いたというのです。

  だから言葉は分からなくても、この先生と同じような人たちがこの家を守ってくれておったんだ、だからおかげ頂いたんだ助かったんだと、御理解はいらんようにおかげ頂いたんだというように手紙に書いておった。大黒様の御比例が、こおいう、いわば南米の僻地まで布教しておりますということが書いてある。  そして、海外布教は日本人を対象にして、言うて聞かして、見せたりして分かるなら、それで良いけれども、分からなくても神様が助けて下さる。世の中の難儀というものは、日本人も、言うならばブラジル人も、黒人も白人も、皆難儀の様相というものは同じなんだと。その難儀が一つ一つ、言わば、すさまじい勢いで助かっていっておる。

  とにかく、海外布教は合楽理念による以外はありません。と言っておりますようにですね。皆さんが、たとえばお商売をなさっておられる、そのお商売がです。もう、合楽理念を元にしての商売でなからなければだめだということがはっきり言え、それが守られ、そして、そおいうおかげを打ち立てるということ。もう、百姓は合楽理念を持ってする意外ないんだと。お野菜一つ作るのでも、合楽理念でもっての野菜作りでなければいけないんだということをです、分からしてもらい思い込ましてもらうということが、合楽理念の確立ということではなかろうかと思うのです。ね。

  ただお取次を頂いて、お願いして、一生懸命お願いをしておかげを頂いたと。それは、たとえば多くの百十八年金光教が立ってなる。そういう、願ったりお取次を頂いて助かったというおかげはもろい。合楽理念の確立によって生まれてくるところの、いうならおかげである。それも、おかげを頂いて、なそうと思えば子供でもなせるようなところから、一つ手がけていって、だんだんね、本当の合楽理念の確信に触れていく信心生活。それはもう楽しゅうて嬉しいものだ。しかも愉快になってくるんだというのが、合楽理念であります。ね。

  どうでも皆さんがね、合楽理念をマスタ-される。だからね、もう手始めにね、この事からという、きのう日田の、毎日坂本さんたちが親子夫婦で参って見えます。初めてまあ合楽理念をまあ実行したというんです。もう熱心に参って見えます。

  昨夜の事でした。ちょっとお客さんが帰られた後に電気を消したけれども、お手洗いの小さい電気だけはついておった。ぐるっと回ってゆかないかんから、普通でいうなら「もうよかよか」というとこであろう。けども、ふっと合楽理念というのは、親先生はお風呂にはいったらこうなさる。いわゆる、電気が付けっぱなしになっていれば消して回られる。それはもったいないとか、あの始末倹約ということではない。心に心行が出来ておる限りです。そうせずにはおられないのだと。ね。それで、ここが合楽理念のなそうと思えば子供でもなせるところだと思うてです。それをぐるっと回って電気を消した。

  ところが不思議に、心の中に何か躍動するものを感ずる。有り難いものが湧いてくる。まあそれからというもの、きのうからずっと今までおろそかになっておった小さい事をさせていただいたら、もうとにかくその翌日一日がもう素晴らしいタイミングが生まれてきて、「信心生活、合楽理念を行ずるということが、こんなにも見やすいことだということを分からせていただいた」と言うて、今朝からお届がございました。ね。

 だから、もうなそうと思えば子供でもなせるようなところから、合楽理念に説かれておるところの信心を、行の上に現して。商売の上に現して。お百姓の上に現し、家庭の家業の中にそれを現していくということ。そして言うならば、合楽理念を持って日々の生活をさしていただく以外にはないんだと分かったときに、言うならば、ビリグイでおかげをいただいているような、すさまじいおかげが展開してくるわけです。ね。

  そこにです。始めてです。合楽理念の、言うならば素晴らしさという事を、実意丁寧神心をもって人に伝えていく。そして「私を見て下さい」と言うようなおかげにもなってこなければならない。ただ「素晴らしい、素晴らしい」。或いは「親先生と末永先生の専売特許だ」と行ったような事にせずに、本気で合楽理念の言うならマスタ-、そして実行。そしてそれを行ずる事は、なるほどそれは辛いかも知れません。苦しいかも知れませんけれども、それを頂き抜いたその後の喜び。

 昨日、今日参って来ておられます中村さんという、熱心な、親子で参って来なさる中村よしえさん。もう、今日一日という一日は、とにかく、まあ言うならもやもやしたり腹の立ったり。ここで一口言わねばおられんというような事でしたけれども、親先生が、「言うな言うな、黙って治め黙って治め」と仰せられるから、もう今日は一生懸命修行させていただいた。「そんなら締めくくってしもうてから、夜の、神様にお礼申し上げたときにはどんなふうじゃったの」と。もう涙のでるごと腹の立った一日であったけれども、また、涙のでるごとよう辛抱させていただいたと思うて有り難かった。「そんなら合楽理念がもう身に血になって行きよるよ」と言うて話した事でした。

 だから、そういう事もあるけれども、一日を締めくくると、ようも言わんですんだ、怒らんですんだ。合楽理念に基づいて一日を過ごして頂いたというような日々もありましょう。

 坂本さんが言われるように、たったこれだけの事を、このくらいの事をと思う事が、言うならばなされる事から生まれてくるタイミング。素晴らしいおくり合わせというものがです、頂けるという体験。

 ですから、その楽しかったり嬉しかったり、また、苦しい時にはそれを修行と思うて、という生き方をいよいよ身に付けてまいりますところからね、言うならば、もう、日々の生活という信心生活というけれども、合楽理念を元にした一日でなからなければならない。合楽理念を元にした商売でなからなければならない。合楽理念を元にした百姓でなからなければならんと。もう、こう定まった決まったんだと、自分の心の中に。以外に幸せになる道はないと、私どもが思い込ませて頂けるところまで信心が出来るときに、この信心は、私どもが生涯かかってもまあだ<次の>修行が残らされます。ね。より高度な信心へと進んで行く。それは魂の世界に入ってもそうなんです。

 ですから、何時もが言うならば<今中>の信心。ね。「これで済んだとは思いません」という謙虚な信心。しかも、魂の世界に入っても、これならばもう恐いというものがないという事でございます。

 ただおかげを頂いた。ね。桜の花が咲くようなおかげを頂いたけれども、その後がね、うかつにしておると徳切れという事になって、自分には気付かないけれど、神様から見られるならば、もうそれこそハラハラするような事を平気で言うたりしたり。また、おこのうて行っておるようなね。恐いというて何が一番恐いかというと、いうなら徳切れが一番恐い。

 だから、そのお徳というものを頂くが上にも<やが上に>頂いて行けれる手立てが、言うなら、または足がかりがです、ね、説いてある。ああ生神ちゃまたむつかしか、けれどもね、そこには生神への手がかりというものがちゃあんと付いてくるから、その気に問題はなる事。一心発起する事。

    今日の研修の時に、本当に成り行きを大事にするという事は難しいという話がでました。けれども、もうどういう成り行きであろうが、私の場合は、もう修行と思うとったから、ひとつも苦しいとか困ったとか思わなかった。ね。そこまでは行かんにしてもです。結局その時点時点でね、まあ言うならばその右にしたら成り行きを大事にする事か、左にしたら本当の事か分からないような事が、そういう時に自分に我情が無く我欲が無いならばです。いいけれども。自分の我情がどちらか強いならばです、ね、言うならば結果において、答が有り難いという答になってこない。

  有り難いという答を出しながら、やはり成り行きを大事にして行かなければならない。これは、実際成り行きを大事にしよううという気になると、分からない事に必ず直面する。それを、一つ一つ分からして頂きながら進めていく。

 合楽理念を助かりの理念、ね。合楽理念は今までかつてなかったあらゆる宗教が、ね、ここに、言うならば一大転機をもたらすほどしのもの。いやまた、そういう一つのもたらすほどしの、言わば力をもっておるのが合楽理念だというふうに思うのです。

  合楽理念とは、神様と私どもが本当に、言うならば拝み合う、言うならば喜び合えれる世界を目指して行くのが合楽理念なんです。ね。ですから、もう口を開けば、この頃合楽理念ですから。それを皆さんも、口を開けば、一日の内になんべん合楽理念という言葉が出てくるか。「さあここ、合楽理念でいかねばいかんばい。こげんときは合楽理念でどう通って行けと先生は教えておられるか」というふうにです。ね。検討しながら、ひとつ合楽理念の行者になり、そして、合楽理念をもってするおかげはかくだという実証者にならせて頂いて。いよいよね、これを金光教に、言うなら全世界にも合楽理念を広めていこうという、ひとつ運動が起こされなければならない。

 先ずそれには、自分自身が運動員の、いわゆる自覚に立たなければならんという事でございます。どうぞ。